今夜ユウノカリイショ

エッセイや小説を投稿いたします。拙いですが、よろしくお願いします。

夜の影帽子【19話】最初の別れ

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「それじゃ、また来るわね。」

 紙袋を片手にマダムはドアノブに手をかけ、こちらを見てにこりと笑った。彼女の過去を聞いただけで印象がまるで違って見えた。

「私がべらべら喋ったことはアリーには内緒よ。」

 彼女は口もとで指を立ていたずらに笑うけれど、内緒も何も死人に口なしなのだ。

「あ、マダム。もし良ければこれも持っていってくれませんか?」

ジャンは黒のとんがり帽子を取り出した。

「やだぁ、こんな帽子被ったらいかにも魔女になっちゃうじゃないの〜。」 

 冗談かと思っているようで疎ましそうに帽子を拒む。

「俺が作りました。実はまだ未完成なんです。」

「なら…なおさらじゃなくて?」眉をしかめて気色ばんだ。

「今からおまじないをかけます。」

  ジャンは手に持ったとんがり帽子を胸において祈るように目を閉じた。マダムは不思議そうに眺める。しばらくしてジャンは目を開けた。

「これで完成です。」

ジャンは帽子を渡した。

「どんな魔法をかけてくれたのかしら?」

「アリーが帰ってきたらこのとんがりが真っ直ぐ立ち上がるでしょう。」

マダムは上品に手の中で吹き出した。

「ウフフッ。やっぱりあなたの魔法って地味で冴えないけれど、なんだかアリーみたいに温かいのね。」

「冴えないは余計ですよマダム。これからもこのお店をよろしくお願いします。」

 意味がないのだ。帽子を渡したって、魔法をかけたって。現実は変わらない。けれど不思議と虚しくはならなかった。自分が満足できればこの世界はそれで構わないのだ。夢はフィクションのままでいいのだ。

「どうしたの?…そんな改まって。」

「たまにはペンを置いて、アリーの話し相手になってください。きっと喜びます。」

「もう!二人して同じこと頼まないでよ。…まるでお別れみたいじゃない!」

 マダムは子供みたいに口を膨らませた。その顔に写真に写った少女の面影を見た。

 アリーも同じことを言ったんだ。アリーごめん。その旅は徒労に終わってしまうんだ。一日でも早く帰って、お店を開いてくれ…。やっぱり俺には無理だったんだ。

「今まで、ありがとうございました。」

ジャンは深々とお辞儀をした。

 顔を上げてマダムの顔を見ると、彼女の戸惑う顔に徐々にノイズが走るように霞んでゆく。彼女はまだ何かぼやいているが、その声は視界とともに薄まり、ついに聞こえなくなった。どうやら最初のシーンが終わるらしい。光がじわじわと広がり始め、目の前を覆った。真っ白い視界の中でジャンは次にどうしたらいいか、何となく悟って一歩踏み出した。スクリーンから膜を破るように、にゅるりと体が抜け出てゆく。  


 そこは広い空間、CHINEMA HEAVEN。戻ってきてようやく二日酔いの体から解放された。黄泉の世界の方が痛みがなくてよっぽど楽だ。映写機から真正面に受ける人工的な光でジャンは眩しくなり、映画館内の様子がいまいち分からなかった。音声が徐々に聴こえてくる。やたらと騒々しいのはなぜだろうか?手で光を遮るとジャンは目の前に横たわる物体にようやく気づくことができた。逆光でもシルエットで分かったのはその光景に既視感があったからだ。

…クロが地面に倒れていた。

「クロ!!」

 ジャンが駆け寄った。初めて会った日のようにぐったりしている。よく見るとタバコで押し当てたような痕跡がいくつかあった。体中にひっかき傷もある。

「…おかえり。見てたよ。ほら、行ってよかったでしょ?」

クロは弱々しくか細い声で喋り始める。

「なにがあったの!?」