今夜ユウノカリイショ

エッセイや小説を投稿いたします。拙いですが、よろしくお願いします。

夜の影帽子【33話】父親の記憶

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 影帽子は未だにcloseが裏返されることなく、ミラが学校の行き帰りに店の様子を伺いに来ているのをいつも二階の窓から眺めていた。ここ一週間で店にやってくるのはミラと新聞配達くらいだった。

 新聞に大きく掲載されていたのは私の顔だった。

「マーメイドカンパニー社長娘、ジュリアナ観光中、行方知らず!!」

 街へ買い物に出るときはとんがり帽子を顔が見えなくなるほど深く被り、念の為に魔法で顔を変えたが、本調子ではないようであまり長くはもたなかった。よくこの状態で魔女にリベンジしようと思ったものだ。

 リリィが東国で有名な会社の娘であることは記憶の画像で知っていたし、父親の顔も分かる。彼はきっと血眼で捜索しているはずだ。

 娘の溺愛ぶりが異常であった。父親は異常なほど彼女の側に付いていて、娘と二人きりのときは体を触ったり、顔を近づけては愛の言葉を囁いていた。実の娘に対して過度な愛情が伺える。しかし、それだけならまだよかった。それだけであれば彼女はあんな風にはならなかったのかもしれない。

 猟奇的な彼女の残虐性に拍車をかけたのが、父親の教育によるものだと思った。追憶で見た画像の中にムチを持った父親の姿があった。これがこの家系で代々続く、教育という名の虐待だった。涙で滲む視界の向こうに馬乗りでムチを掲げる父親の姿が何度も確認できた。「おしおきだ」と言って微笑んだ。ぞっとしたのは虐待の直後に涙を流して娘を優しく抱きしめてきたことだ。意味がわからなかった。

 異様な愛情を注ぐ反面、しつけに対しても度が過ぎていた。支配者による極端な飴と鞭は洗脳を生み、彼女の自我を殺した。彼女は怒りやストレスを逃すように悪魔達にナイフを向けたのだろう。そしてさらにいえば、その行為がまた、家族から称賛を浴びさせるというまさに狂気の連鎖。

 流れてきた記憶はまだほんの一部だ。これから先、彼女の歴史を嫌でも深く知ることになる。私は怖かった。いつか、ジャン・フランクリンとして生きてきたことを忘れ先代のリリィ・マシュリーとして人生が塗り替えられてしまうのではないかと…。


『私の呪いはあなたの中で永遠に生き続ける』


 あの声は確かにリリィだった。言葉が呪いを受けたように頭の中から離れない。独りでいては闇に飲み込まれる気がした。

「アリーに会いにいこう。」

 窓の外を眺めながら、思い立った。アリーに会いに私は東の国、アルカホールへ行くと決めた。この体の生まれた場所へ。