今夜ユウノカリイショ

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夜の影帽子【15話】西の悪魔と東の魔女(上)

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 リリィは東の国に生まれた。東の国で知らない者はいない有名企業の社長令嬢であり、魔女の血を引いた家系の末端の娘だった。

 ジャンは仰向けで冷えたアスファルトに磔されている。耳元で波の音が近づいてくる度に死の訪れを予感した。女は狂気を孕んだ笑顔を崩すことなく流暢に喋り続けてた。

「パーティーを抜け出して、ふらふらしてたの。そしたらつまらない男達に絡まれたわ。彼らの魔法にお願い事をしたの。「ジャン・フランクリンに会えますように」って、そしたらどんぴしゃり。あなたが空から降ってきたのよ!ああ。私ってやっぱり日頃の行いがいいのね!誰よりも悪魔を天に捧げてきたから神様が叶えてくださったんだわ!…私はずっと夢見てきた。ジェニファーを殺すことを…。」

リリィは興奮していた。

「…ジェニファーだと?」

「うふふ。この国は日の出が遅いのね。まだ時間があるからあなたが燃やされるまでお話しをしてあげましょう。」

  朝日が照らすまでこうしているつもりなのだ。最も屈辱的に殺す方法を考えて港へ誘い込み、身体を麻痺させる血を吸わせた。偶然出会ってから俺をどう殺すかだけを考えていたのだ。こいつが病気を知ってるのなら、依頼主も知っているはずだ。

「依頼したのは誰だ?」

「ジュリアナの伝説『悪魔のジェニファー』には続きがあるの…知ってる?」

「こっちの質問に答えろ。」

 リリィはかかとのヒールで地に伏せた手の平を勢いよく踏みつぶし、先端のリフトを釘を刺すような力で突き刺して、グリグリ回した。

「…いっ!」

「ああ、あなたの振動が伝わってくるわ。…すごくイイ♡」

 こいつは常軌を逸した魔女だ。間違いなくイカれてる。鳥肌が全身を巡った。

「悪魔のジェニファーが太陽の光で燃やされた後に見習いの魔法使いは東の魔女を自由にして悪魔の奴隷から解放させました。」

 質問を無視して童話を話し始めた。眠る子供に読み聞かせるような優しい口調が気味悪く感じる。

「…彼女の魔法は元に戻りませんでした。我を取り戻した東の魔女は悪魔狩りを始めるようになりました。性奴隷であった屈辱に心を殺され、挙句の果てに魔法まで奪われてしまった彼女は、悪魔を心の底から憎むようになりました。悪魔が最も苦しむような殺し方をしては国中を巡り、徐々に人々から認められ、東の魔女達は先祖代々、悪魔狩りを受け継いでいきましたとさ…。めでたし、めでたし。」

「その魔女の末裔が…。」

「この私、リリィ・マシュリーよ。そしてジャン、あなたこそが悪魔ジェニファーの末裔なの。」

「何を言ってる?確かに持病がある。けどそれのどこがジェニファーと関係があるんだ?」

「太陽で死ぬ、魔法を使う西の悪魔…十分じゃないかしら?」

「無茶苦茶だ…。そんな理由で俺を殺すのか?ジョーを殺したのか!?…俺たちはただ静かに暮してただけだ。なんでこんなことができる?お前たちこそ本物の悪魔じゃないか!…お前は、全ての悪魔がジェニファーみたいな悪人だと思ってるのか?」

「そうよ。生まれながらにして悪魔達はみんな罪人。だからあなたはとっても可哀想。色んな悪魔達を見てきたけど、あなたみたいな地味で、暗くて、話しのつまらない、弱々しい悪魔は初めてよ?」

「……。」

 謝罪の言葉を思わず口にしてしまいそうだ。生まれてきてすみません。生まれてきてすみません。生まれてきて、本当にごめんなさい。悔しくて、情けなくて、泣き出しそうだった。

「…そして心優しい悪魔も…ジャン。あなたが初めてよ?」

 リリィは哀れむ顔をジャンに近づけて、キスをした。ジャンは硬直でそれを受け入れざるおえなかった。乾いた無味の感触が唇に触れ、離れた。逆さまで見つめ合い、至近距離で女の笑顔がぐにゃり歪み、絶句した。

「ねぇ?私たちって魔法という運命で結ばれてるのよ!先祖の魔女のようにあなたになら血を吸われてもいいと思ってしまったの!結局彼女は自分の手でジェニファーを殺せなかった。だから私の世代にまで託されたの。あなたを殺す事でようやくマシュリー家の因縁が断ち切れるわ!」

「俺はジェニファーとなんの関わりもない!ただの悪魔として生まれてきただけだ!リリィ。これだけ教えてくれ…俺を殺そうとしてるのは誰なんだ!?」

 話しが終わらせたくなかった。一つの防衛本能のように喋り続けなければこの女は今に残酷な拷問を始めそうだ。いち早く太陽に焼かれた方が楽に死ねるのかもしれない。

「ちゃんとヒントを出してあげてるのよ?」

「…ヒントだと?」

「三人の魔法使いのうちの誰か…だとしたら?」

「とっくに死んでるはずだ…。そもそも子供のおとぎ話じゃないか?」

「JOKERが笑ってるの♡」

「なんだと?」

  体の感覚が回復し、指も動かせるようになった。今なら何かしらの魔法をかけて不意を作って逃げ出すことが出来るかもしれない。

「そろそろ血の効果が薄れるわね。…魔法って指から出すんだっけ?」

 芯から震え上がりそうだった。この女が気付いてないわけがなかった。

 リリィはナイフを取り出し刃先を四指の腹に垂直にかざすと微笑んだ。

「ねぇ?全部切り落としちゃおっか?男の子だから痛くないよね?」

 野菜でも刻むような気持ちなのが伝わってくるほど自然な手つきを構えた。指が一瞬でなくなるのを想像する間も無くリリィはまさに刃を下ろそうとした。その瞬間、

 東の方角から光が差した。朝日が港に顔を出し、同時にジャンの体が自然発火を始めた。

 突然の出来事に二人は動揺したが、ジャンは安堵した。リリィは後退りし、その様子を伺った。

「っっつ!!!!」

 指は切られずにすんだが、地獄はそれからだった。手や顔の肌を晒した箇所から徐々に炎が燃え移った。衣服の下まで熱が上昇し、ついに全身が燃え始めた。

「すごいわ!本当に太陽だけで火が付くのね!」

 女はきゃっきゃと嬉しそうに跳ねた。

「ああああああああああああ!!!」

  激痛が全身に伝い叫んだ。身体を海老反りにうねうねとのたうちまわった。それはこの世で最も苦しい死に方だろう。いっそ刺し殺してくれたほうが楽なのかもしれない。皮膚がぶくぶく泡のように破裂し強烈な臭いを放った。早く死なせてくれと何度も願った。

煉獄の景色の中でふとアリーの顔が浮かんだ。

「どんなことがあっても人を憎んではいけないよ。」

  殺されてまで許せるものか。独りで死ぬのはこんなに苦しいんだ。どうしてアリーは俺を一人にしたんだ?どうして攻撃魔法を教えてくれなかった?教わった魔法なんてなんの役にも立たないじゃないか!?

「アリー!痛いよぉ!苦しいよぉ…!!」

 意識が遠のいていく。ようやく解放されると思った。蒸発しそうな眼球だが涙が滲ませめくれた。見えたのは女の魔法が解けた瞳だった。それはこの世の青という青を集めたような、それでいて透き通り宝石のように輝いている。この瞳に悪魔は騙されるのか。

 惚れた女に殺されるなどとても情け無い話だ。あのとき魔法をかけなければこんな事にはならなかった。助けようだなんて思わなければ出会う事もなかった。

 業火に焚べる憎しみが火力を強めた。死に際の願いが塵となる。

「生きたい。」

 ジャンは最後の力で首を回した。最後の視界が空と海をはっきりと区分した水平線だった。

「死にたくない…。」

 

 

 

遠くで誰かが手を振っている。あれは…俺?