今夜ユウノカリイショ

エッセイや小説を投稿いたします。拙いですが、よろしくお願いします。

夜の影帽子【34話】新たなJOKER

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 リリィがぺぺ爺の家を訪れる四時間前。

 

 魔女は苦悩していた。新しい肉体を手にしてすぐに身体を酷使して、魔力を使いすぎてしまったことを。それらは魂を定着させて間もない期間にしてはいけない行為だった。このまま安静にしなければ魂が拒否反応を起こし、意思に反して肉体を飛び出してしまう。一度、離れれば妻の肉体の信頼を失い、魂は居場所を失くして永遠に彷徨うこととなるのだ。

「おのれぇジャン…。」

    黒魔術の本はしばらくあのままでよかろう。アリーがもし帰っていたとしたらその時わしの手で殺せばいい…。それにしても哀れな魔女じゃ。本を置いて息子のためにアルカホールへ行きおった。まさか治療法を探しておる間にその息子が死んでしまうとはのぉ…。

「これでわしこそが「死」を司る本物の神じゃ!」

「楽しそうだなぁ奥さん。」

 魔女は振り返ると同時に、反射的にステッキを声がした方へ向けた。

「何故お前が…。」

赤髪の男がドアの前にいた。

「ジョー…」

「あれ?もしかして奥さん、俺のこと知ってるんだ。初対面だってのに今呼んでくれたよね?」

  目を輝かせ男はじりじりと近寄ってきた。

「嬉しいなぁ。期待しちゃうなぁ。」

   不気味に笑う顔に思わず後退りする。

 恐れるな。奴はわしの事など知るはずがない。何かあれば少しの魔法で十分だ。

「ち、近づかないで!あなた何しに来たの?旦那なら街へ出たわよ。」

「いやねぇ、今日は奥さんに用があって来たわけよぉ。最近、夢の中で何度も呼ばれるわけさ。ジョー!ジョー!ってな。」

「だから何よ?私はあんたなんか呼んでないわ。」

「冷たいなぁ。この街じゃ俺って結構人気者なんだぜ?あんな老いぼれよりもさ、俺といる方が絶対楽しいよ〜ねぇ?奥さん。」

「いいから出て行きなさい!警察呼ぶわよ!」

その前に炎でこの悪魔を燃やしてくれようか!何故こいつは生きている!?リリィが始末したはずだ。

「でもさぁ…俺の本当の名前を呼んでくれる奴が一人もいねぇんだよなぁ。それがどうも歳とって寂しいんだよなぁ。」

 こいつは一体何しにここへ来た?わしの妻を本気で寝取りに来たただの大馬鹿者なのだろうか?

「本当の名前…?」

「ああ。ジェニファーってな。」

 魔女は体が固まった。やがてステッキを手に炎を灯してジョーに向けて放った。部屋は一気に真っ赤に照らされた。

 しかし当たったはずの炎はしぼみ、気付けば背後にジョーが立っていた。肩に手を置かれ囁やかれる。

「なぁ?またガイコツにしてあげようか?」

「…!!」

   魔女は憤怒の形相で大きくステッキを振り回したが簡単にかわされた。

「ジェニファー?ふざけるな!奴は燃やされた!」

「お?こんにちわぺぺ爺。いやペトロロス・ペンタゴン。」 

ジョーはからかっているようだった。

「ジョー貴様はリリィが殺したはずじゃ!」

「リリィって言うのか…。昔惚れた女そっくりでつい油断しちまったよ。面白かったぜ?兄弟を相当殺ってこなきゃあんなに強くならねーよなぁ。」

「灰になったのをわしもこの目で…。」

「太陽の熱に比べりゃあんなのシャワーみたいなもんよ。むしろ苦しむ演技が大変だったぜ?やっぱり俳優に向いてんのかもなぁ。はは。」

「魔法か…?それとも黒魔術なのか…?」

「んなのどうでもいいんだよ!悪魔のジェニファーは不死身なのさ。なんせ太陽に勝った男だからな!ひゃはははは!!」

 証拠はない。だが嘘ではないことが奴の気迫で感じずにはいられなかった。黒魔術なしで何百年も生きながらえていたのか?今までどうして気がつかなかった?こいつはこの街で道化のフリをして紛れていたのだ。

 魔女は恐怖した。永遠の命と引き換えに再びガイコツに戻されることを…。あまりにもつらい孤独。あれは死と変わらないのだ。もう二度と戻るわけにはいかないのだ。

「けどあの女…絶対に許さねぇ。俺がこの手で犯して殺してやる。トランプする相手がいなくなっちまったじゃねぇか!!」

 彼の目の色が変わった。その悪魔は瞳孔も白目も全てが黒であった。最初の悪魔一族の目は赤ではない。黒だ。初めて出会った時と容姿は異なっているものの、まったく同じ目をしている。間違いなくこの男こそ、悪魔ジェニファーだ。こいつに逆らってはいけない。マーリンの話しなど全て嘘で語られたものだ。

「ジェニファー…様。お許し下さい。まさかあなた様だとは知らずに…。」

「まぁ怯えんなよ。街のために悪魔退治とは素晴らしい心がけじゃないか?ちょっと聞きたいことがあってよ。」

「はい…。なんなりと。」

魔女は骨の髄まで震えていた。

「俺の魔法の杖どこ?」

 この悪魔の手に再び魔法の杖など…握らせてはいけない。街が、いや国が終末を迎えてしまう。

「存じ上げません…。わしのような者に魔法の杖など。恐らくはマーリンの後継者にあたる者が保管しているかと…」

「本当か?」

「わしはあくまで黒魔術を専門にしておりましたので…。」

「ふーんそう。ならリリィって女はどこだ?」

 殺したなどと言えばわしが殺される。

「女は…申し訳ありません。姿をくらましました。」

「んだよ、まいっか。邪魔したな。」

  ジェニファーはぷいっと背を向け部屋を出ていこうとした。魔女はふと思った。

 これはわしの因縁ではあるまいか?今、目の前にいる悪魔ジェニファーを殺して、今度こそわしがこの街の伝説になるのだ。歴史を塗り替え、わしが英雄として、死神として、新たな肉体とともに…。

 

「わしがこの物語を終わりにするのだ…!!」

 魔女は全身全霊の力を振り絞り、指先に呪いを込めた。背中に向けて放とうと構えたとき、

「ああ。それと…」

ジェニファーは振り返り、牙を見せて笑った。

「エサの時間だったな♡」

  魔女が背後を確認する間もなく、ろうそくの火で揺れていた魔女の影の中から何匹もの黒い怪物が現れ、魔女の体に嬲るようにまとわりついた。黒い角が生え、黒い尾を揺らして、鋭い牙を体の至る箇所に刺した。表情も読めない、得体の知れない、ただただ黒い異形の者が女に群がり、血を吸い尽くした。魔女は声さえも出せなかった。ジェニファーの手にはトランプカードがあった。

「JOKERは二枚もいらねぇんだよ。」

躍り狂うピエロが不気味に笑っていた。