夜の影帽子【35最終話】希望へ
旅の支度には時間がかかった。東の国へたどり着くにはお金がかかる。往復分の路銀と旅に必要な物資など街で買い揃えた。後は食料と…
リリィは苦笑した。自分の金では足りないので店の金で補ったのだ。
「アリーに首にされるかも…。」
開かれた旅行カバンには衣服が無造作に入れられている。その上に雑に置かれているのが黒魔術の本であった。この本はアリーの大切な呪いだ。いっそ燃やしてしまおうかと考えたけれど、私がそんなことしてはいけないのだ。アリーに渡して伝えよう、「死神は死んだよ」と。
こんな変わり果てた姿の私を見て、アリーはどう思うのだろうか?太陽を克服し、自由を手にしたこの体で、こんな陰気な場所に閉じこもってはいけない。
全ての身支度を終えて、部屋から影帽子に降りた。電気のついてない店内を見渡すと、あちこち埃がかぶっているのが気になった。作業台も散らかったままで道具があちこちに散乱していた。
「本当の首が飛ぶかも…。」
影帽子はまたしばらくの間休業だ。せめて休業の知らせでも貼っておこう。ミラにも悪いし…。
休業期間を考えながらぼんやりとしていた。
店が閉まったままでもこの街は変わらない。たとえ私が死んでもこの世界は何一つ変わらずに回り続けるのだ。
影帽子に鍵をかけて、指を立てて数える。
「火の元よし、戸締りよし、忘れ物…よし。」
リリィは旅行カバンを持ち上げた。とんがり帽子をかぶり、黒マントをなびかせた。これはアリーのマントだ。アリーに少しでも信じてもらえるように。子供のジャンになった時だって信じてくれたのだから、
「大丈夫…大丈夫。」
祈るように目を閉じる。いよいよ緊張してきた。この街を出て、初めて外の世界を目にすることができるのだ。影から脱して、太陽が最も照らす場所へ私は行くのだ。
リリィは空を見上げた。雲一つないもったいなほど青い空に手を伸ばす。
「アリー。待っててね。」
そのときふと、旅行カバンが少し重くなった。手元を見ると、カバンの上に一匹の小さな黒猫が乗っかっていた。
「…え?」
黒猫はリリィを見上げながら鳴いた。
『ねぇ!僕も連れてってよ!』
映画館の中であった。映写機がカチカチと音を鳴らしながら、光を扇型に伸ばしてスクリーンに映像を映した。
旅人の視界が大きく写し出される。旅行カバンを持ち、肩に黒猫を乗せて、彼女は太陽の昇った方角を見据えていた。
CHINEMA HEVENの光が観客席にいる二つの影を照らした。肩を並べた二人は同じ瞳の色をしてその風景を共に眺めていた。不敵な笑みを浮かべて…
「次の上映が楽しみですねぇ?リリィ・フランクリン。」
「ええ…。とっても。」
その目はリンゴのようで、綺麗だった。
完