今夜ユウノカリイショ

エッセイや小説を投稿いたします。拙いですが、よろしくお願いします。

夜の影帽子【22話】再開は泥酔にて

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 再びスクリーン中央に戻ってきたジャンは立ち尽くしていた。スポットライトに照らされるように正面から強い光を受けても気に留めず、ただ呆然としていた。

 「生きてる…。」

 映画館はやけに静かであった。誰もいないと思った観客席には先ほどの猫人間達が全員行儀良く座りこちらを眺めていて、まるで別の映画館に来たみたいだが、ゴミが散乱し、忘れもしない猫の顔がおとなしく鎮座したので逆に気味が悪かった。何かあったのだろうか?人間性を失ったとはいえ彼らにはつくづく辟易する。全員に報復をしてやりたいが、クロがまた自分のせいで気まぐれな天使とやらに引き戻されては困る。

「そのまま大人しく見てろよ。」

 ジャンはボソッと言い放ち、適当な空席に座ろうとした。通路に歩き出すと、背後の映像にザザっとノイズが走り、画面が歪みはじめた。 振り返ると パッと、画像が鮮明に浮かび上がった。それは再び影帽子で、夜の店内の景色であった。テーブルの上には黒魔術の本が【人間解凍】のページを開いて置かれている。

 そのとき突然、前から強風が吹いた。向かい風はスクリーンの中へ吸い込まれながら、まとわりつき、何かに掴む間もなくすさまじい風圧で、ジャンの体は飛ばされた。猫人間達は必死でイスにしがみついている。ジャンは空中でもがきながら再びスクリーンの中へ投げ出されて、いきよいよく吸い込まれていった。

「今度はなんだよぉ!」

 

 影帽子の中まで風が吹き荒れていた。戸棚を揺らし、窓ガラスをピシピシッと叩くように店の中は竜巻が起きているようだ。風は徐々に弱くなり、収まった。

 テーブルの上で開かれた本を見て察した。おそらく記憶をなくすほどに酔って黒魔術の呪文を唱えてしまったアリーがいなくなる前日の夜に違いない。酔っ払って術式で引き寄せ、あろうことか未来の魂を過去の肉体に憑依させてしまったらしい。向こうの意思で呼び出して見事成功した。自分が自分の魂を釣り上げたのだ。間違いなくこの映画は過去の現世とリンクしているではないか。

 目の前に座る赤髪の男に刮目した。彼は半目で虚ろ虚ろしているようだった。ジャンを見て言った。

「なんだ終わりか?つまんねーなぁ。」

 彼と目を合わせた。ジャンは胸が締め付けられた。震えた下唇を噛み締め、目には涙が溢れ、膝から崩れ落ちそうだったが、男に身を委ねるように飛びついた。

「ジョーー!!」

  急に抱きしめられてジョーは硬直し顔が引きつった。ジャンが顔から水という水を垂れ流しながら吸い付いているからだ。

「ジャン!何してんだ!俺の胸で泣いていいのは女の子だけだぞてめぇ!」

「うぅぅぅ…。」

「あーあーだめだこりゃ失敗だな。ったく飲みすぎだぞ。」

「ジョー…。死なないでよ。」

「あん?」

「俺を置いて…死なないでくれ…!」

  確固たる自我はあるけれどまたまた情けないほど酔っていた。この日はワインを二本も開けていたのだからどうすることもできない。せっかくジョーに会えたというのにコンディションが最悪だ。

 ジョーと同じ場所にいられるなら天国でも地獄でもいいのに叶わない。なぜなら俺は生きている…かもしれないから。あの時、素直に喜べなかったのは彼がいないのならどの世界にも意味はないと思ってしまったからだ。

「ジョーが殺されちゃうんだぁぁ。」

「さっきから何言ってんだよ!この俺様が殺されるだとぉ!?一体誰に?」

「金髪で青い目の女。リリィに殺しを依頼したのは……わかんない。三人の魔法使いのうちの…一人だって…言ってた。」

   何から話せば良いのだろうか。泥酔状態でもなんとか警告しなければならない。これも現実に影響する事例だ。しかしあの時、俺が泣きべそで何を伝えたのか、ジョー自身も酔っ払っていて覚えてなかった。ここで警告をしても意味がないのだろうか?事実ジョーは殺されてしまったのだから。

「青い目ってのは悪魔狩りの女か?…そして三人の魔法使いってのは『悪魔のジェニファー』だな?」

 ジョーが冷静に受け入れたことが意外だった。彼は本当に酔っているのだろうか?もしかしたらここで未来は変わって、

「ぷっ、ははははは!」

 ジョーは腹抱えて笑い出した。

「映画の見過ぎだよ!監督でも目指したらいいんじゃねーのかぁ!?」

 ジャンの肩に手を乗せて愉快そうに笑った。どうにかして信じ込ませなければ、

「主演俳優はこの俺!ジョー・ブラッディだよな?」

「よく聞いてくれジョー。今から三ヶ月もしないうちに君は殺される。二人でその依頼主を探そう?頼むよ…。」

 説得するもジョーは顔色一つ変えずに黙って聞いていた。親友には必ず生きていてほしいのだ。運命を…

『ジャン。運命を変えるんだ…。』

そうだクロ。俺は運命を変えてみせる。

 ジョーはいつになく鋭い眼光を向けた。

「魔法は好きだがな、占いなんか俺は大っ嫌いなんだ。俺様が死ぬなんてことは冗談でも口にするなよ?言ってることが滅茶苦茶だ。」

「占いじゃない!真実なんだ!魔法で未来から来たんだ!」

  ジョーの確固たる主張がジャンを苛立たせた。加えてお互いに酒が入っていて余計に噛み合いずらい。

「死んだらどこいくかを浮遊霊に尋ねてみようなんて言って、わざわざ二階からそれっぽい本まで出してきやがって…。魂も神様も存在しないんだよ。死んだら終わり。ゲームオーバーなんだよ。」

「ジョー…。魂は確かに存在するんだ。天国も…たぶん地獄だってある。俺が今ここにいることが証明なんだ!」

「演技もここまでくると笑えねーなジャン。『生きて帰りし者なし』って言葉くらいお前なら知ってるだろう?」

「…そうかよ。ならこれだけは信じてくれ。俺達の命を狙ってる奴がいるんだ。」

「それが三人のうちの誰かだって?」

「えっと…もしかしたら客の中にいたかもしれないんだ。」

「今度は探偵かよ…。わざわざ悪魔狩りを雇って殺そうとしてるのか?」

「そうだ…。君はそれに巻き込まれてしまうんだジョー。だから俺の見張りなんかしないでくれ。」

ジョーは眉を寄せて訝しげにジャンを見つめた。

「なんだ…知ってるのか?」

「俺のこと見張っててくれるんだろ?どうしてかは分からないけど…アリーがいない今、危険が迫ってるのは知ってるはずだ。」

「アリーはまだ…」

「明日からいなくなる!アリーに頼まれなかったのか?」

「アリーにはな…旅行するからジャンの相手をしてやってくれって言われただけだ。まぁ言われなくてもそのつもりだがな…。」 

「そうか。」

「なぁもういいだろ?ほらよ!トランプしようぜ?」

「ジョー。どうして全然信じてくれてな…」

  突然視界が霞んできた。これは酔いのせいなんかじゃない。戻るのだ。この時間が、この場面が一番重要なのに、このまま親友と永遠の別れなのか?絶対に嫌だ…!

 しかし意志に反してジャンの魂はちゅるりと抜けた。肉体から抜け出てきたジャンの魂は空中を漂い、しばらく天井から影帽子の店内を見下ろすような景色になった。俺が浮遊霊になってしまった。下では千鳥足でなんとか立っていられている自分の肉体、この場合、過去のジャンと、それを戸惑いながら観察するジョーがいる。

「おい!ジャン、今度はどうした?…ったく忙しいやつだなぁ。」

 ジョーはペシペシとジャンの頬を叩いた。何度もまばたきしてはなにやら唸っている。

 天井から何度も肉体に入り込もうと試みるが、うまくいかなかった。せっかくのチャンスなのにあろうことか酔っ払ってるなんて!目に余るような自分の体たらくにも苛立ちを覚えた。

「このまま…お別れだなんてあんまりだ!」

 ジョーはジャンをイスに座らせ一人でトランプを切り始めた。対戦相手が酔いどれの状態でよくやろうと思えるものだ。今はそれどころではない。真下のジャンがもう少し落ち着いてからもう一度体に飛び込もう。

 ジョーはトランプを開かれた本の上で仕分けを始めた。まるで黒魔術にまったく興味がない様子で雑に扱っていた。今に傍らのワイングラスが本の上に倒れそうだ。

「ちょっとジョー!本が濡れちゃうよ!」

 霊体としてのジャンの訴えは聞こえない。本に赤いシミなどなかったが、トランプカードが挟まっていたのはジョーのせいだったか。

 ジョーは仕分け終えると一枚余ったカードを取り出して、静かに眺めていた。黒装束を纏ったガイコツが手に大きな鎌を携えている絵に「JOKER」と書かれている。彼は「死神」を鼻で笑って呟いた。

「しっかし、黒魔術ってのも大したことねーなぁ。このページなんか発動条件が『恋』だとぉ?……素敵じゃねーか!」

 リリィが最後に言っていた言葉をふと思い出した。「JOKERが笑ってる」とは一体誰のことなのだろうか?俺が今に命を刈られそうだったからそう例えただけなのか?再び殺意が芽生え、腹わたが煮えくり返しそうになる。親友の仇。もし生きているとしたら必ずこの手で殺してやる。しかし本当に生きていたとして、死に損ないに何ができるというのか…。あの体では指一本まともに動かすことができなかった。罵詈雑言を彼女に吐いた所でひどく虚しいだろう。

 ジャンはテーブルの上にトランプ台になった黒魔術の本を見て思った。唱えることならあの状態でもできるかもしれない。再び煉獄の痛みに耐えなければと思うと余計に生きて帰ることが恐ろしく億劫になってくるのだった。

 

 ゆっくりと店のドアが開いた。入ってきたのはよく知る人物だった。ジョーが話しかけた。

「よぉ!こんな時間にどうしたんだ?アリーはもう寝てるし。ジャンならほら、この通りだぜ?」