今夜ユウノカリイショ

エッセイや小説を投稿いたします。拙いですが、よろしくお願いします。

夜の影帽子【25話】西の悪魔と東の魔女(下)

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 痛みで目が覚めた。目の前に広がる快晴の空と静かな波の音。そして斜め上から燦々と突き刺す日差しが、相変わらずジャンの体を燃やし続けていた。夢じゃないこの地獄こそ、紛れもない現実だ。

 黄泉の世界から帰ってきて、再び圧倒的に不利になった。初めて直に見上げた太陽の日差しは容赦がない。けれど不思議なことに起きてからは炎に熱を感じなくて、状況は最悪なのに身体は楽で、むしろ温かく感じた。

 ジョーは悪意の業火に炙られ死んだ。とても苦しかっただろう。つらかっただろうに…。

 

 初めて会ったあの日。彼は店で話しかけてくれた。当時は馴れ馴れしくて鬱陶しかった。

「ジョー…ブラッディ?すごい名前だね。」

「悪魔にふさわしいだろ?ジャン・フランクリン。」

 そう言って彼は口を開き、嬉しそうに牙を見せてくれた。衝撃だった。

 朝日に怯えて暮らしてきた。毎日、毎日、何年間も影帽子の中にいた。本が友達だった。他人と深く関わることなど出来ないと思ってた。そこに突然現れたジョーは何度も俺と向かい合って沢山の話しをしてくれた。外の世界を教えてくれた。生まれて初めてできた大切な友達なんだ。

 本には載ってない彼の映画をこれからもずっとそばで見続けいたかった。ずっとずっと話しかけてほしかった。誰よりもジョー・ブラッディの生き様を見ていたかった。

 

「…お前なんかで…終わってたまるか。」

 赤いドレスの女は焚き火でも眺めているかのように見下し、青い瞳を細めて微笑した。

「なーんだ。もう死んじゃったのかと思った。あなたの炎とても綺麗ね、ジョーを燃やしたときは最後まで生に執着して見苦しいったら、」

「いいんだよそれで…リリィ。お前は世界一哀れで可哀想な魔女だな。」

「能無しの悪魔が気安く呼ばないでくれる?大好きだよ♡はやく死んで?」

「たとえ…ひと時でも、お前に恋してよかったよ。」

「気持ち悪いわね。まぁ今のうちに好きに喋っておけば?もうすぐ私のコレクションになるんだから光栄に思うのね。」

「さようならだリリィ。」

「さようならジャン。楽しかったわ。これからもずっとそばで愛でてあげる。」

「…こっちのセリフだ。」

ジャンは呪文を唱えた。


「黒魔術最終章【人間失格】」

 人間に完全憑依をする著者の最高傑作の魔術。死を覚悟した者、もしくは死に際の者が対象の相手に完全に、その肉体が朽ちるまで永遠に憑依することができる。対象の魂は術者の魂が肉体に入り込むと同時に深い眠りにつくか、互いの関係性によっては対象の魂が肉体を譲り、別の容れ物を探して術者の肉体に入り込み肉体交換をする場合もある。呪いは一度かかれば解くことはできず、魂が元の肉体にもどることもない。愛し合って心中するつがいならスムーズに一つの器に二つ魂が収納される。

「死を覚悟すること又、死に際であること」

「対象の生き血を飲むこと。」

「対象に恋をしていること。」

 以上の条件が全て揃って詠唱せよ。術式は「黒魔術第五章【人間解凍】」と一字一句同じである。


 この本と疎遠になっていたのは最後の曖昧な条件だった。当時のジャンにとっては馬鹿馬鹿しかった。今まさに不安要素はその項目だ。俺はまだ彼女に恋をしているだろうか?…親友を殺したこの女を最後は憎んでしまった。


 術式を唱え終えても、いまだに炎は赤く視界を包んだままだった。ジャンの肉体はもうすでに真っ黒くなりつつある。

 ああ。駄目かもしれない。やっぱり呪文は失敗だった。やはり俺は心の底から憎んでしまっていたのだ。一度きりの恋心など微塵もなく、憎悪が上書きされたからだ。

 もう考えるのはやめようか。やれることはやった。この刹那を噛み締めて生きよう。これでよかったよ。ようやくジョーに会えるのだから…。

 そのとき温かい手が顔に触れ、誰かが額にキスをしてくれたような気がした。

『おやすみなさい。ジャン。』

それはアリーだった。

 

 

 

『ぎゃあああああああああ!!!!』


  叫び声に目が覚めた。何故か視界が高くなり自分は地に足をついていた。見下ろすと足下に火達磨になった男が横たわっいる。すでに全身に炎が行き渡っており下半身に至ってはすでに崩れかけ、所々、暖炉にくべた薪のように弱い炎を纏っていた。肌が焼ける強烈な臭いに反射的に鼻を塞いだ。

 俺は今、赤い服を着て、手足が女のように白くて細くて、体が違和感で溢れていて理解に時間を要した。

 つまり、この足元の男は…

「俺だ…。」

「あづい!!あづいよぉ!!!助けてぇ!!!ままぁぁぁあ!痛い痛い痛い痛い!!」

火だるまが叫び、のたうちまわっていた。

「あぁぁぁぁ!!!ごめんなさい!!返してぇ!!私の!私の体ーーー!!!」

 断末魔のような叫びは胸が詰まるようだった。ジャンの声質で、リリィの声明だった。自身でも出したことがないほどの金切り声を上げ、彼女は地面で苦しそうに訴える。

 どうやら黒魔術は成功したらしい。俺はハイヒールを脱いだ。妙に落ち着かない。手であちこちを触ってみた。女の体というのはこんなにも感覚が違うものなのか…。

  男を見下ろした。二十年間、この肉体にお世話になった。妙な寂寥感に苛まれながらもその肉体に向け感謝を口にした。


「ありがとう。ジャン。」