今夜ユウノカリイショ

エッセイや小説を投稿いたします。拙いですが、よろしくお願いします。

夜の影帽子【7話】人間の子供

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「おおロデオ!あなたはどうしてロデオなの!?」

  少女は白昼堂々、影帽子屋の真ん中でマネキンに喋りかけるのに夢中であった。古い恋愛小説の台詞だ。

「あのぉ、ミラ…さん?ちょっとうるさいんですけど?」

 クロの一件以来、ミラは影帽子にほぼ毎日のように遊びにくるようになった。最初は一方的なサプライズが成功したようで、彼女が心を開いたことを素直に喜んだが、客でもないのに暇を潰しに来るようになり、最近は彼女を疎ましく感じるほどに見慣れてしまった。子供は…苦手だ。

「いい加減うちにくるのはどうかと思うんだけど…。」

 ジャンは何度もそう言い聞かせるが、ミラは特に気にしない。あの時泣いていた面影を今思うと信じられないくらい普段の彼女は勝気な少女のようだった。

「ジャンってさー。今まで彼女とかいたことないでしょ?」

 急に干渉的な問いに不意を突かれジャンは動揺の顔色を隠せなかった。

「はぁ?いたから…!昔いたから!」

 ミラは笑った。さすがに分かりやすかっただろう。咄嗟の嘘も少女の前には見抜かれている気がした。

「今は〜?」

悪戯な笑顔を向けてきたミラ。意地悪な子供とませた子供が特に苦手だ。

「…今は店で忙しいんだよ。」

「さっきから全然お客さん来ないじゃーん!」

「こっちは一人で昼も夜も開けてなきゃいけないんだよ。こんな時くらい静かに休ませてくれ。」

 とはいいつつも帽子を作り続けなくてはいけなかったジャンは日中は接客をしながら空いた時間で帽子制作を強いられざるおえなかった。ジャンは黙々と手を動かし続けた。

「指、傷だらけだね。」

ミラはジャンの手先をじっと見つめた。

「ああ…大したことないよ。魔法を使わないで作ってみることにしたんだ。」

「ふーん。」

ミラはマネキンとの寸劇をやめてジャンの目の前の椅子に座った。改めてジャンを凝視し始めた。

「…気が散るんですけど。」

 ただでさえおぼつかない指先の細かい作業に少女の視線が加わり余計に手際が悪くなる。もはや手が震えないことに集中しそうだ。

「不器用だね。」

「………。」

 どうしてそんなことを言うのだろうか?こんな歳下にからかわれてムキになる自分にも嫌気が差した。

 子供は残酷だ。相手のことを考えずに率直な印象を当人に躊躇なく突きつける。純粋無垢で真っ白な心は他人の心をいともたやすく赤く染める。悪意がないのもそれはそれで恐ろしいことだ。

 ジャンは小さい頃の下水道での生活を思い出した。そうだ。「汚い」と罵り、石を投げつけて来たのはこいつらだ。人間の子供の方がよっぽど悪魔じゃないか。

 ジャンは突発的に机を叩きたくなったが、さすがにそんな大人気ない真似を晒すわけにはいかなかった。奥歯を噛み締めた。

「ところでさ…。」

 ミラはジャンのそんな腹の内もつゆ知らずに少し躊躇いながら何か言おうとしている。ジャンは無視して手を動かし続ける。

「私を弟子にしてよ。」

  刺繍針がジャンの指に突き刺さった。

「痛!…は?い、今なんて?」

「大丈夫!? 絆創膏持ってくるね!」

 ミラは慌てて棚の引き出しから救急箱を取り出して持ってきた。

(なんで場所知ってんだよ…。)

 ジャンは結構な出血に指を加えて待っていた。ミラが箱から絆創膏を取り出してそれを丁寧にジャンの傷口に貼ってくれた。

  情けなくて泣きそうだがそれよりもミラが突然言い出した事が気になった。ミラはジャンの新しい傷を覗き込む。

「魔法で治せないの?」

「それができたら多分クロだって生きてる。」

ミラは少し寂しそうな顔をした。

「この街の魔法はどんどん弱くなってるんだよ。産業革命以降は衰退し続けて化学や道具にさえ劣ってる。その上魔法を出すには相当な努力が必要なんだ。」

 努力という言葉を偉そうに口にして果たして自分はその通りに出来ているのだろうか?とてもアリーの魔法には遠く及ばない。まして見習いの魔法使いである自分が魔法など教えていい立場ではないのだ。

「でも私、絶対なりたい。」

「まさか、まだクロを生き返らせようって思ってない?」

ミラは首を振った。

「違うよ。私、カラス君とお話しがしたいの!」

「ん?」

ジャンは首をひねる。ミラは単純に、

「…黒い動物が好き?」

「うん!大好き!」

 ジャンは髪をガシガシと掻いて微笑を浮かべた。ミラの素直さには清々しさを感じてしまう。どうやら魔女の素質はあるかもしれない。

「誰にでもできる簡単な魔法だけ教えてあげるよ。」

「えーー!わたしがすごい魔法使いになるまで面倒みてよ!」

「そんな暇ありません…!」

「やだー!!カラス君とお話ししたいー!空も飛びたいー!ドレス着たいーー!」

「最後のは魔法関係ないでしょ?」

「シンデレラになりたいの!変身してカボチャの馬車に乗って舞踏会に行くの!そしてねガラスの靴をわ・ざ・と・落とすのよ?そしたら王子様が…」

 やはり女の子というのは恋愛ものが好きらしい。「ロデオ」といい「シンデレラ」といい、どうしてこう一目で惹かれ合うことが出来るというのか?一度も恋愛をした事がない者から言わせてみれば、相手の事をそれほどよく知らずに一目惚れなどご都合主義にしか思えないのだが?と、こんな疑問を今投げつけさえすればミラは再び悪魔のような笑みを浮かべて、「そういうところだよ〜」などとからかわれそうである。

 ミラはシンデレラのハッピーエンド後の作り話しまで喋り始めた。目を輝かせ、くるくる回って自分の世界に入り込んでいる少女がジャンには眩しく見えた。

「そういえば最初この店に来た時、この場所を誰から聞いたの?」

 帽子屋として三番街では認知されているものの、魔法を扱っていることまでもが富裕層の住む一番街の子供に知られているとは思えなかった。 

「えーっとね。道で会った女の人が教えてくれたの。」

「女の人?」

「うん。髪の長い女の人。なんか変な喋り方だったなぁ。」

  誰なのだろうか?魔法業を知っている女性客で思い当たるのはマダムステラくらいだ。彼女は別に髪は長くないし、毒舌なだけで変な喋り方でもない。

「いくつくらいの人?」

「こないだ三百歳になったんだってー。」

「は!?」

 子供らしい冗談かと思ったが、ミラは信じ切った様子だった。

「すごく綺麗な女の人だったー。」 

「年齢を聞いたの?」

 子供とはいえ女性に名前より先に年齢を尋ねるとは…

「自分から嬉しそうにそう言ったのよ?こないだ誕生日だったんだってー。すごいよねー魔法って…。」

「いや…魔法じゃないよそんなの。子供だからきっとからかわれただけだよ…。全然面白くない冗談だけど。」

 少し引っかかるけれどもそれだけこの店も浸透してきたのだ。

 店からミラを見送り、扉が閉まって静まり帰る。西日が差し込む店内でジャンは一人になった。ようやく落ち着いてミシンに向かうが、体は無気力を訴えた。

「あぁ、疲れた。」

 夜になればまたジョーが顔を出すだろう。よし!と頬を叩き、ジャンは再び奮起して手を動かした。