夜の影帽子【6話】トランプ
今夜もジャンとジョーは酩酊の中トランプゲームに興じた。酔ってると適当に雑談しながらババ抜きをするのがちょうどよかった。
「今日は街にいかないの?」
カードを選びながらジャンは訪ねる。
「んー?ああ、やっぱりこの店が一番落ち着くと思ってな。」
「そっか。」
ジャンは満更でなく笑みが溢れた。
「それに最近何かと物騒だしな。知ってるだろ?死体遺棄事件…。」
ジャンはジョーの手札から一枚引いた。ジョーがよしッと呟いた。
「うん。新聞で見た。」
ジャンはババ入りの手札を執拗にまぜる。
「こえーよな。全身の血が抜かれた状態だったらしいぜ?」
ジョーがすぐさま即決で一枚選びマッチングした。あと三枚だと手札でドヤ顔を仰いだ。
「それって…やっぱり悪魔の仕業なのかな?」(腹立つなぁこいつ。)
「さぁな。だとしたら相当欲求不満な野郎だ。そろそろこの街にも悪魔狩りがやってきてもおかしくねーよ。」
「悪魔狩り…?」
「なんだ知らねーのかよ。青い目をした金髪の美少女って噂だぜ?どっかの地域じゃ英雄扱いだってよ。」
「そうなんだ。気をつけてねジョー。」
「ふっ。俺だって女を選ぶさ。お前こそ油断するなよ。」
この街の悪魔たちの事をよく知らないジャンにとってどこか遠い国の事件にしか思えなかった。
手札の一枚を見た。ガイコツが黒い装束を纏い、大きな鎌を携えている「死神」のJOKERだった。
「ジョー…。俺たちは死んだらどこに行くんだろうか?」
「…なんだよ急に。」
「悪魔も天国に行けるのかなぁ…なんてね。」
ジョーは冷たくあしらうように答えた。
「信仰心のない俺たちには天国も地獄もねぇよ。ただの終わりだ。何もないんだよ。」
「そうなのかな。」
ふに落ちないがはっきり言い放つ彼の持論に興味が湧いた。
「生まれ変わったりとかは?」
「知らねーよ。だがもしも生まれ変われるとしたらもう一度悪魔として生まれてぇな。」
「俺は…嫌だな。」
「ったく…!お前みたいな青臭いガキが死んだあとの事なんて考えてどーするんだよ!いいか?死んだらどこに行くかじゃなくて自分が今どこに行きたいかだけ考えろ!」
そう言ってジョーはジャンの手元のババを抜き、わざわざ予備のJOKERと入れ替えて諭した。
(さっきからなんですぐ分かるの…。)
「それが見つからなかったら今は遊んでりゃいいんだよ!まさにそのピエロみたいにな!」
手元の新しいJOKERは躍り狂っていた。ピエロは楽しそうに笑っていることが多いが、どうしてこうも不気味に感じるのだろうか?
「つかよ!その話でこの間、喧嘩したばっかじゃねーか?」
ジョーが放棄するように自分の手札をすべて表にしてテーブルに投げたら、飽きたのでもう終わりの合図だった。悪魔は自由気ままである。
「喧嘩?俺たちが…?いつ?」
ジャンが全てのカードを集めて整頓し、不器用にもトランプを切り始める。特に意味はない。
「アリーがいなくなる前日の夜さ!あの日もこうして二人で好き勝手飲んだんだ。」
「嘘だ。なんで喧嘩になったんだよ?」
胸騒ぎがし始めた。確か次の日は営業時間になっても店を開けられなかった。
今まで二人は喧嘩など一度もしたことがない。ジョーは確かに破天荒ではあるが、それに食ってかかることは絶対にしないし、ジョーも俺に対して説教はしても喧嘩に至るほど互いの感情が高ぶることはないはずだ。
「あの夜、やけになったジャンが解凍するつって上から埃まみれの黒い本を持ってきたんだ。そして呪文を唱え始めた。」
ジャンは手が止まり、背筋が凍った。埃かぶった黒い本とは黒魔術の本のことか?「解凍」するとはまさか…。
「なに言ってんだよジョー。いくら酔っ払ってるからってそんな事…」
「お前はあの日浮かれてたんだよ。無理してガバガバ飲んでよ。」
体内からアルコールが急速に抜けていく。
「酔ってても俺がそんな事するわけないだろう!?」
「まったく覚えてないのか?呆れたぜ。牙を剥き出し!笑いながら呪文を唱えた!目を真っ赤にしてな!あの時初めて悪魔らしいジャン・フランクリンを見たぜ?」
ジョーは興奮しながらジェスチャーをして説明した。ジャンは青ざめ、言葉を失った。酔った勢いで【人間解凍】を唱えただと?
イスにもたれてため息をついた。嫌悪感を感じずにはいられない。自分に対してだ。一つずつ確認しようと再び身を乗り出してジョーに尋ねる。
「何か起こった?」
「いーや何も。」
ジョーはつまらなそうに答えた。 ジャンは胸をおろした。何も起きなくて当然だ。死体がないのだから…。
「…ただ。」
「ただ?」
「唱え終わったら、俺を見てわんわん泣き出したぞ。意味わかんないだろ?」
意味わかんないのはこっちだと叫びたい。豹変、蛮行、記憶喪失、おまけに泣き上戸とは。
やはり最近なにか変ではないか?
「俺…もう一生酒飲まない!」
テーブルのボトルを睨み、ワインがたっぷり残っているグラスを手元から遠ざけた。対してジョーはパンを千切り、ワインに浸して食べ始めた。余計に酒に対して嫌悪感を覚えそうな行儀だ。
「俺が覚えてんのはそれくらいだがな!悪魔のジャンを見られてラッキー!」
ニカニカと笑うジョーが急に憎たらしく感じた。彼はジャンの悪魔の本能が目覚めることをいつも期待しているように見えた。
「今日はもう帰ってくれ。」
「それ以外は何もなかったわけだし安心しろよー!たぶんな。」
「結局何がしたかったんだ?…ジョーはなんで止めてくれなかった…?」
「俺も悪魔だ。」
ジョーはニカっと口を開き牙を見せつけた。「くそったれ!」
言い慣れてない咄嗟の悪態に、自分でも違和感を感じた。それを笑ったジョーを見て余計に恥ずかしくなった。
「次の日は辛かったろうに!」
「昼過ぎまで店開けらんなかったんだぞ!」
「ひゃははははは!」
「悪魔めぇ!って俺もだぁ…。」
ジャンは頭を掻き毟った。自分でも本気で怒ってるのかよく分からなかったのは、ジョーが実に楽しそうに笑っているからだった。
その夜は結局、付き合わされて朝まで飲んだ。