今夜ユウノカリイショ

エッセイや小説を投稿いたします。拙いですが、よろしくお願いします。

夜の影帽子【3話】吸欲

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 とある街で二人の旅人がすれ違った。一人は西の方角から馬にまたがり、一人は東の方角から馬車に乗っていた。この街ではよくある光景である。しかし二人には共通点があった。それは二人とも魔女であったこと。お互いに目を合わすこともなくすれ違う。二人が対面することとなるのは、ここでは語られない遠くない未来の話し…。

 

 今夜も二人の悪魔はチーズを当てにワインを味わう。影帽子の店内でテーブルを囲み談笑を交わし合うのが最近の日課になっていた。その内容はおおよそジョーの下世話な自慢話だが、それでもジャンにとって愉快で大切な時間だ。

「いいかジャン!ワインばっかり飲んでないでたまには人間の血も啜ってみろ!夜の街に出て悪魔として精一杯楽しむんだ!」

そう言いながらジョーは勢いよく手元のワインを飲み干した。 

 人間の三代欲求「食欲」「性欲」「睡眠欲」とあるが、悪魔にはもう一つ「吸欲」というものがあるみたいで、「食欲」と「性欲」が一片に押し寄せるほどの感覚であり、興奮したり欲情したりするととにかく首筋に噛みつきたくなる。目は赤く染まり、歯が牙のように鋭く伸びる。牙の先端は極細の管のような形状をしているらしく、そこから血を吸い取るのだそうだ。ジョーいわくゆっくりと吸引して喉元を血が通り過ぎた瞬間に最もエクスタシーに達するらしい。しらんがな。

 ビンテージワインが好きなジョーだが人間は三十代後半の女性が最も美味に感じるようで、ほどよく熟成されてなお味わい深く、味の余韻が長いらしい。性行為の真っ最中に相手に了解を得て吸い付くそうだ。なんと哀れな生き物であろうか…。

 ちなみにジャンは血の味があまり好きではない。滅茶苦茶に苦いからだ。せめて酒は飲めるようにと背伸びでやたらジョーと飲酒量を競おうとするも、無理して飲んではアリーに怒られていた。血を飲む行為というのが一番悪魔的で嫌悪感を抱く。極力、生涯、魔法使いでいたいのだ。

「よくあんな苦いの飲めるよね。」

「ふん。アリーのドロドロエキスしか飲んだことないから分からないのだ!この乳飲み児め!」

 その瞬間に「誰がドロドロだって?」と、背後からアリーがジョーの首を締め上げる。のが日常の流れだった。ただ悪口を言っただけのジョーはつまらなそうな顔をして説教を続ける。

「魔女の貞節だがなんだか知らないが、お前は悪魔以前に男なんだ!お盛んなはずの若者がこんな老けた店で本なんかと乳くり合ってないで外へ出て女を抱けーーー!!」

「ジョー飲み過ぎ。ご近所迷惑です。」

息を切らしたジョーをジャンはいなしてグラスを取り上げた。

「魔法使いマーリンは死ぬまで純潔を守ったんだよ?」

「おいおい、だまされるなよ。かっこ悪いからなそれ。少しはぺぺ爺を見習えっての。逆に言えば若いうちに女遊びしておかないとああやって年食ってからお水巡りで徘徊する羽目になるんだぜ?かっこ悪いからなそれ。」

 呆れたジョーは頬杖をついてチーズをくちゃくちゃ咀嚼し始めた。ジャンはイスにもたれかかり眠そうな顔をし始める。

「あぁ、東の女の血が飲みてぇなぁ!…あわよくば抱きたい!」

 テーブルに覆い被さるようにつっぷして欲情した彼は、酔うと誰だか知らない女の名前を叫び始める。今日はだいぶ抽象的だ。

「どうして東なの?」

「…最高にうまいらしいぜ?喉が燃えるほど熱くなるんだとさ。」 

ジョーは伏せたまま答えた。

「度数の高いお酒みたいだね。」

 ジャンは特に興味が湧かずに手元のまるで減っていないワイングラスを口もとまで持ってきて眺めた。

「酒の味もまだ分からないのに血の美味しさなどわかるのだろうか?」