今夜ユウノカリイショ

エッセイや小説を投稿いたします。拙いですが、よろしくお願いします。

夜のオフィスで単音コンサート

 夜のオフィス。清掃員。蛍光灯がまぶしいこの広い部屋で端から掃除機をかけながら僕は俯いた。掃除機をかけているのだから俯くのは自然だが、心までもが灰色のカーペットに埋もれてしまいそうだった。下を向き続けなければできない仕事だから思考が下がってしまうのだろうか。誰もいないフロアにバキューム音が一定に途切れなく淋しく響く。

 吸引力を疑いながら、死にたがりを悟ろうと努めた。手を動かしながらでも考える時間はいくらかあったのだ。

「いじめ」「虐待」「責任」「借金」「失恋」「鬱病」「復讐」「暗澹」

 「病苦」「家庭問題」「精神障害

生きる理由の数よりも死ぬ理由がある気がする。これら代表例だけでは語れない人には複雑な根の部分がある。掘り進めたい。そんな欲求に駆られ、ノズルと床の一点を見つめながら更に奥へ入り込んだ。

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「向上心のない者は馬鹿だ。」

「綿で怪我をする。」

「生きる意味を見出す。」

「極度の真面目。不器用な完璧主義。」

疲労困憊。もしくは時間の膨大な余白」

「考えすぎる。」「トラウマ」「梅雨」「無様」「無価値」「頑固」「燃え尽きる」

「人が怖い」「屈辱」「孤独」「夭折は美徳」

「突然込み上がる衝動。」

「ミライコワイミライコワイ」

「虚無。空洞。からっぽっぽっぽっぽ‥」

「生きたい。」

 ‥全てがそれでいて全てが違っているように感じる。浅はかだ。考えれば考えるほどに生暖かいマスクの下でほうれい線が深くなっている気がする。まとまることはないだろう。今夜も独り会議が白熱しそうだった。

 

 我に帰る。頭の中のカオスから抜け出し、現実で相変わらず響いている掃除機の音を再認識した。それですら静かに感じるほどに、僕の頭の中がうるさすぎたのだ。

 この感覚は小学生の頃のそれに似ていた。

 近所の子達とグループで一列になり登校する。僕は学校に着くまでずっと自作のバトル漫画を妄想していた。急にふと妄想から現実に戻ってみると、あまりの静けさに慄く。僕は今もしかしたら必殺技の名前を叫んでいたのではないかと思うくらい白けていた。子供達の足音だけが淡々と朝の通学路にこだましていた。

 大人になっても何一つ変わらないのだ。何一つ。

 掃除機のスイッチを止めた。急降下で音程がぶら下がり消える。今度は本物の静寂に戻った。誰もいないオフィス。いつの間にかこのフロアの端から端まで口径30㎝で舐め切ったのである。妄想はいい。退屈な時間が自由で過ぎていく。しかも無料だ。オールフリーだ。帰ったらビールを飲もう。6%の‥。

 スポットライトのように僕のいるエリアだけ電気がついていたので消灯した。ようやく掃除機のソロコンサートが終わり僕はドアを出た。

 ‥いや。そうだ。ああ、めんどくさい。お次は本物の会議室を掃除しなければならない。手拍手はないけれど、バキュームさん‥アルコー‥じゃなくてアンコールです。