今夜ユウノカリイショ

エッセイや小説を投稿いたします。拙いですが、よろしくお願いします。

火花。

大地を震わす和太鼓の振動に、甲高く鋭い笛の音が重なり響いていた…。

 

 カフェで何故か一所懸命に、又吉直樹さんの小説「火花」の描写をノートに書き写していた。妙な既視感を覚えた印象的な場面が多く、こんなにも景色が鮮明に思い浮かぶ小説は今までなかったから、好きな場面の言葉の表現、台詞をそのまま書き写した。これらの文字を書写する行為に果たして何の意味があるのか分からなかったが、自分にとって何か大切なことのような気がした。それだけだった。ただしこんなことは時間が有り余ってるような人間しかしないだろう。…僕だ。この書き綴られた言葉をこうして吟味したって結局忘れてしまうけれども、今自分がこんなにも衝動的になって没頭している様がただただ嬉しかった。

 店内の見ず知らずの談笑が昔の同級生の笑い声にそっくりだった。甲高い声の放つ方向に僕がいて、本人じゃないとわかっていてもつい顔をあげてしまった。あの頃のように馬鹿にされたような錯覚だった。今まさに自分が独りでしている行為も、本物が現れたら同じイコライジングで笑われて、お前ここで何してんの?と言われるだろうか。君との再会は喜べない。僕は今楽しいのだ。邪魔するな。

 昔から物事に取り組む度に過去の言葉たちがよみがえってきたりする。励みになるものもあるが、憤りを感じる言葉が多くあった。思い出して悔しくなって作業や練習に身が入ればいいが、そもそもそんな動機でしか動けない自分にはなりたくなかった。言葉をひきずって生きている。言葉は魔法になれば呪いにもなる。過去の呪文なんかで立ち止まってはいけない。

 だから今まさに僕は好きな言葉たちを書いているのだ。しっかりとその魔法の言葉を体に刻む。悪い言葉の呪いを解くために。

 「火花」にはあまりに書き写したいと思う言葉が多すぎて途中から大事だと思う本文の横に直接線を引いてしまった。けれど線を引いてしまったら誰かに貸したりするときに(まぁないと思うけど…)この人にとってここが重要なんだと思われてしまうと少し恥ずかしいと思ったのでやっぱり消しゴムで消した。消した代わりに消しカスを本に残したまま閉じるという線を引くよりも本を汚す結果になった。消しカスのしおりはさすがに汚いので、井之頭公園のお花でも挟んでおきたい。   

                               続く